父が入院して、もうすぐひと月になる。
私は、自宅・実家・父の入院先・仕事先・遊びに行く先の5カ所を、その日その日の予定によって順列組み合せ的に移動して生活している。
父の入院先は少し離れた場所にあるので、母が日参することもできず、面会はもっぱら私の役目である。いろんなことは重なって起こるものらしく、二週間前には母がゴミ出しをしようとして舗道で転んで顔面を擦りむき、整形外科・脳神経内科・眼科に連れて行ったりとか、とにかく様々あって、まあ、私はひとりっこだからこういうときの役回りは一手に引き受けなくてはならない。父の病院のあれこれや地域支援の方々からの連絡なども、キーパーソンは私となっているので、携帯電話が鳴動すると何か起きたか?!といちいち心臓がバクバクする。
病室で、父のベッドのとなりにいるNさんは、半身が動かず言葉も出てこないようだ。でも常に訴えたいことがあるようで、いつも誰かを探している。半身が不自由なために、たいていよだれを流している。頭に大きな痣があって、今日はその痣がこの前より薄くなってきていたからきっとどこかにぶつけたかどこから落ちちゃったかしたんだと思う。Nさんは父のような高齢者ではない。たぶん60代だと思う。Nさんは、私が面会に行くと、いつも私に何かを訴えようとする。でも、私にはよくわからないし滅多なことはできないので、内心、困ったなあ…と思っていた。
今日、面会に行くと、となりのベッドのNさんが身を乗り出して、私の肩を叩いた。
どうしよう…と思いながら「何ですか?」と尋ねると、声にならない息だけの声で「今日は何曜日ですか?」という。「月曜日ですよ。」と答えたら、嬉しそうに笑った。Nさんが笑った顔を見たのは初めてだった。
父の病室からは外の景色がよく見えて、遠くの川沿いの桜並木とその下をランニングしている人たちがいつも目に入った。外気の冷たさや強風を感じない病室の中では、今日の天気はまぶしいほど明るく、もう春がやってきたような光を感じていた。
「今日はいいお天気ですね。外はまだ寒いけれど、ここは温かくて明るくていいですね」と話したら、Nさんは嬉しそうにうん、うん、とうなずいた。「もうすぐ、あそこの桜が咲きますね。ここから眺めたらきれいですね。楽しみですね。」というと、Nさんは動く方の手を動かして、おちょこをくいっと動かす仕草をした。嬉しそうににこにこと笑いながら。
面会を終え病室を出るときに、父とNさんはふたりで同じように、バイバイと手を振った。父は名残惜しそうだったけれど、Nさんは笑顔のままだった。
父は今週末に病棟が変わるので、私はNさんとはもう会うことがないかもしれない。
でも、いろんな不自由に見舞われてしまったNさんが、ほんの一瞬でも華やいだお花見の記憶を呼び起こし、もう飲めないかもしれないお酒の心地よさを思い出し、にっこりと笑えるような嬉しい気持ちになってくれたとしたら、私もほんの少しだけいいことが届けられたかなと思う。
そして、誰だって望んで病気になるわけではない、不自由な状況になってもっとも辛いのはその人本人だ…という、こんな当たり前のことを改めてつくづくと考えたりした。父の面会に行き、Nさんが何かを訴えようとしていたとき、どうして最初からもっと普通にお話したりできなかったんだろうかと、自分の狭量が情けなく思えた。
あの桜が咲いた時、Nさんがお花見のことを思い出して、お酒に酔った楽しいひとときを思い出し、夢の中で自由になってくれたらいいな。