大晦日の明け方に見た夢

私は度々とてもはっきりと記憶に残る夢を見る。

大晦日の今朝も、色鮮やかな夢を見ながら目が覚めた。

日帰りバス旅行に出かけていたようで、帰りのバスに乗り込むところから記憶がある。最後部のシートに座るとたぶんひとり多めに着席していて妙にきつい。私は右端の窓際に座って、窓の外を眺めていた。

すると、海沿いに視界が開けた道を走り始め、目前の空はあまりにも鮮やかで美しい朱の濃淡の茜空とくっきりと光る落日、空の色を映したさざめく海の光景が現れた。写真を撮ろうと慌ててデジカメを構えると、目の前を伊勢で見た二見浦の夫婦岩が横切り、それがワイプとなって、風景は一瞬で日が落ちた後の夕刻の菫色になっていた。刻々と濃紺へと変化する空と海の彼方にオーロラが見える。よくよく眺めるとオーロラと思われたそれは岸壁から流れ落ちる大きな瀑布で、そこに月光が反射してキラキラと輝いているものだった。天空にはひっそりと満月が輝いている。

シャッターを押しながらなんて美しいんだろうと一心に魅入っていると海沿いの道はそこで終わり、今度は岩肌が見える山の道に入る。するとそこは真っ白な雪景色で、雪を被った大木が数本、満開の花を咲かせていた。花は小さく、ピンク色。デジカメで撮影した画面を確認すると、それはどう見ても満開の桜の古木だった。

こんな雪を被った満開の桜なんて、珍しいことだ…と思っているうちに、程なくバスは吉祥寺に到着した。

到着間際、私のすぐ前の席の男性が暴れ出した。

最初はブツブツと何か怒りながらつぶやいていたのがだんだん動作も加わり、さらに前の席の背をがんがんと蹴り始めた。そして自分の荷物を振り回して、その前の席の人を荷物で殴り始めた。すごく怖くて、なにか私がいけないことをしたのかと涙が出るほど怖くて、身を縮めていると、殴られていた前方席の人が振り返ってやはり荷物を振り回して応戦し始めた。

見ると、応戦しているのは木場勝己か橋爪功のどっちかで、最初に怒り始めたのは宍戸錠だった。

木場勝己か橋爪功のどっちかだったその人は、満席だったバスの乗客に向かって「すいませんねえ、こいつはたまにこういうことを始めるんです。お騒がせしました」と謝った。宍戸錠はもう大人しくなっていた。

バスが吉祥寺に着く直前、iPhoneにメッセージが二通前後して届いた。一通は職場の同僚から「これから打ち合わせをしませんか」という内容で、もう一通は遠くから上京している友人が「今東京にいるんだけど今日食事しない?」というもの。あー、お誘いが被ってしまった、どうしたものか…と思いながら、いつくかの荷物を手にしてバスを降りる。日帰りで一緒だったみなさんとバスの運転手さんにご挨拶をしたところで、荷物をひとつ起き忘れてることに気がついて慌ててそれをバスの棚から手にし、「忘れなくてよかった…」と思いながら吉祥寺駅に着いた。一緒にいるのは友人で、おしゃべりしながらSuicaを取り出そうとしたら、一番大切なメインのバッグを忘れてきたことに気がついた。

忘れてきちゃった、どうしよう!といったら友人がまだ間に合うから!と一緒にバスを降りた場所まで走ってくれた。

道を見ると、もうバスはいなかった。

ああ、どうしよう、どこかに急いで連絡しなくちゃと思っていたら、背後でバスいたよー!という声。振り返ると後ろで、ターンさせるためにバスをゆっくりとバックさせているのが見えた。慌てて駆け寄って、運転手さんに大きな声で忘れ物しましたー!と声をかけると気がついてもらえて、私のハンドバッグは無事に手元に返ってきた。すみませんでした、とお礼を伝えたその運転手さんは、職場の同僚だった。

 

…というところで、目が覚めた。とりあえず、荷物が無事にあったという安心で目が覚めて本当によかったな。

 

それにしても、水平線が見えた夕景の落日と夜景の満月ときらめく瀑布、真っ白な雪景色と満開の桜の古木の、それぞれがどれほど美しかったことが。

今でもぼんやりしてしまうほど、それはそれぞれが一幅の絵画を目前にして圧倒されているような感覚で、本当に美しかった。

 

なにか意味があるのかなー。

 

大晦日の今日は、父のところに行き一旦帰宅してから母とうちの兄弟と共に年越の大祓に出かけ、夜は紅白をのんびりと楽しみ白組に投票し、たぶんジルベスタのカウントダウンを聴きながら新年を迎えてから、元朝参りに行く、という過密な一日の予定。

元朝参りは正式にはちゃんとしたものじゃないよと学んだのですが、毎年のことなので今年も行ってきます。

 

みなさん、今日一日が健やかでありますように。

そしてそのまま、佳き新年をお迎えください。

 

来年もどうぞよろしくお付き合いをお願いいたします。

こんな変な夢を見ちゃうような、私ですけれど。