「イーハトーボの劇列車」

昨日観た「イーハトーボの劇列車」のことを、ずーっと考えてる。
賢治の散文作品は修論のテーマだったので、彼については人並み以上に向き合った時間も長く把握している事実も多いはず。
だから、この井上戯曲の冒頭の群読台詞が、彼が生前にたった一冊だけ出版できた単行本の童話集「注文の多い料理店」(しかし自費出版で中央の文壇からは無視、赤い鳥への掲載も叶わなかった。でも、三重吉は赤い鳥へ1ページの広告を出してあげている)の、あの美しい序文を軽妙にアレンジしたものだと一瞬でわかり、気がついたらもう涙が出てしまっていた。
この戯曲の中で生身の立体的な賢治が、癖の強い岩手の言葉で生きた声を発し、動き回る。
井上ひさしの目を通して、賢治と当時の東北と、全ての生ける人々の悲喜交々と心情の機微が抽出され、舞台でドラマとなって再現される。
これは、井上ひさしによる賢治の解釈だ、とはわかっているものの、役者によって丁寧に体温が注がれた登場者たちはもうまさにそこに生きているその人に見え、改めて賢治に向き合い直したような気持ちになった。

井上芳雄もすごかった。
ミュージカルでは王子系。いつも透明な華を大量に背負って出てくるような彼が、背中を丸めうつむきながらぼそぼそと喋り、迷い失敗し挫折し、けれども理想を求める心は輝かせ続け、でも報われないまま死んでいった賢治その人として舞台に立っていた。どんなに我が身を「農民」と名乗ったところで、彼は豊かな家に生まれて育ちがいい。その、生まれ持った品の良さ、みたいな雰囲気が、井上芳雄にぴったりだったのだと思う。
それにしてもあの岩手言葉での大量の台詞、心の襞まで晒すような演技、立派だったなあ…。
二回だけちょっと歌った時のあの声の艶も、やっぱり凄かったなあ

先日、山村浩二さんの新刊本、新しく英訳された「雨ニモマケズ」の原画展を観に行き先行販売でこの絵本を買ってきた。
久しぶりに、賢治のことを考えた。
それで、昨日のチケットはずいぶん前に取ってあり、危うく忘れかけていたところを前の日にはっ!っと思い出して無事に観たのだ。
賢治をめぐって私に続いた事象は、偶然なのか必然だったのか。

井上ひさしの戯曲、こまつ座の堅実で軽妙で丁寧なお芝居、こういうものがあって本当に嬉しい。
井上芳雄くんも、本当に見直しちゃったので、足長おじさんも観に行ってみようかな。
来年暮れ、遠い未来の話だけれど、「モーツァルト!」の再演も井上くんのバージョンで観てみたくなりました。

昨日の舞台は1/4にEテレで放送されるそうです。
もう一度、観てみようと思います。