オンシアター自由劇場で観たのは、どれくらい前なんだろう。六本木まで観に行った気もするし…あのころ、浴びるように舞台を観ていた日々。
強烈な印象が残るすばらしいものにも、箸にも棒にもひっかからないようなつまらないものにもたくさん出逢った。こういう経験をしてきたら、今の私になった。
串田和美、吉田日出子…オンシアター自由劇場の作品はどれもこれも好きな舞台ばかりだった。中でも、劇団の俳優たちが演奏者となり展開する「音楽劇」は本当に魅力的な傑作だった。
「もっと泣いてよフラッパー」と「上海バンスキング」は、だから特別な作品として忘れられずにいた。「上海バンスキング」の再演で吉田日出子のマドンナに再会できたときには、胸がいっぱいになって涙が出ちゃった。
今回の「フラッパー」再演には吉田日出子の名前はなく、他のキャストも串田和美以外は一新。新しい舞台になるのだなあと思った。
配役は、以下の通り。
トランク・ジル(踊り子):松たか子
旦那アスピリン(黒手組の首領):松尾スズキ
お天気サラ(踊り子):秋山菜津子
青い煙のキリー(踊り子):りょう
クリンチ・チャーリー(八百長ボクサー):大東駿介
フラポー(ベンジャミンの許婚者):鈴木蘭々
月影ギナン(踊り子):太田緑ロランス
銀色パパ(銀色ファミリーのボス):串田和美
コミ帝国の皇太子:片岡亀蔵
シカゴタイムズの新聞記者・ベンジャミン:石丸幹二
バックには俳優も演奏者として加わるビッグバンドが控えている(松たか子さんのご主人もいる)。
今回の再演にあたって、Bunkamura公式ウェブサイトに載った串田和美のコメント、記録しておきたいのでまるっと引用しておきます。
「自由劇場時代に、僕はまずこの『もっと泣いてよフラッパー』(’77年初演)を上演し、その後に『上海バンスキング』(同’79年)を創りました。『――バンスキング』は、物語がグッとひとつに集約されて、みんなが同じ方向を向いていく作品だけど、『――フラッパー』は、話がどんどん散らかり広がっていって、観る人ごとに勝手な感じ方をするような舞台です。もともと僕らは「演劇は文学のためにあるんじゃない。演劇は演劇のためにあるんだ!」と、戯曲偏重の新劇へのアンチテーゼとして演劇を始めた世代。今回久しぶりに『――フラッパー』をやることになって、改めて「こういうものがやりたくて、ずっと芝居をやってきたんだよなあ」と実感しているところです。
日本人が想像する、たぶん誤解だらけの’20年代のシカゴ。それを「事実と違う」と怒るのではなく、絵空事としておもしろがるのが、『――フラッパー』の世界。文字にも映像にもできない、舞台の上にだけ存在する「空想のシカゴ」は、劇場に来なければ見られませんよ。」
「散らかり広がって」いく感じ、これがこの舞台のたくましさだなと思った。輻輳する物語のそこここに感情がひっかかったまま、ラストの楽曲「もっと泣いてよフラッパー」に至る。
ひとつひとつ絡まりをほどいていってみたいような、この絡まりの塊ごとを受け止めたいような…本当に「演劇」の魅力だ。
またこの舞台が観られたことが本当に嬉しくて、吉田日出子の舞台の映像記録とか戯曲とか、改めて引っ張りだして眺め直してみたくなった。
本当に、全く色褪せていなかった。22年ぶりの再演だというのに。
観るべき舞台を、また一本ちゃんと観られた喜びに浸る。同じ日の昼間にスクリーンで観た松たか子が目前の舞台で歌い踊っている不思議な感覚や、石丸さんのサックスを久しぶりにまた聴けてドキドキするとか、なんとも贅沢な一日。
「足を運ぶ」ということの大切さを思いつつ、帰りはもつ鍋つついてから帰宅。
動画もリンクを貼っておきます。制作発表のときのミニライブ。後ろのバンドには石丸さんもいます。
当然、本番のステージの方がずーっとずーっとよかったけれど、このプレス発表のも悪くない。
もっと泣いてよフラッパー 制作発表
